識字・日本語センター

日韓識字学習者共同宣言

2017年に、基礎教育保障学会 (日本側 運営団体) と全国文解・基礎教育協議会(韓国側 運営団体)は、トヨタ財団の助成を受けて、「トヨタ財団 国際助成プログラム 日韓基礎教育共同プロジェクト」を立ち上げ、交流・研究事業をすすめてきました(これまでの経過などは、トヨタ財団 国際助成プログラム 日韓基礎教育共同プロジェクトウェブサイトに掲載されています)。その一環として、2019年9月27日にソウルにある世宗文化会館世宗ホールにて、「日韓識字学習者共同宣言」が発表されました。

「日韓識字学習者共同宣言」(日本語版・韓国語版・英語版)テキストを掲載します。PDFデータもダウンロードしていただけます。
ぜひ、教室や学校で読んでください。ぜひ、多くの人に届けてください。

<関連団体等ウェブサイト>
*基礎教育保障学会HP(http://jasbel.org/
*全国文解・基礎教育協議会(http://cafe.daum.net/literacy2007
*トヨタ財団 国際助成プログラム 日韓基礎教育共同プロジェクト(http://asia-net.jasbel.org/


「日韓識字学習者共同宣言」
日本語版「日韓識字学習者共同宣言」(以下に掲載) 日本語版PDFデータ(ルビつき)
韓国語版「日韓識字学習者共同宣言」 韓国語版PDFデータ
英語版「日韓識字学習者共同宣言」 英語版PDFデータ

 

日韓識字学習者共同宣言

わたしたち日本と韓国の識字学習者は、2019年3月27~29日に、日本の福岡に集まりました。福岡は、日本の識字運動が始まったところです。わたしたちは、3日間をかけて、生い立ちを語り合い、識字で学ぶようになったきっかけを交流し、学ぶようになってどんな変化があったかを出し合いました。やりとりはどんどん深まりました。初めて会った人とは思えませんでした。集まった人数は限られていますが、まちがいなく、わたしたちの声はたくさんの仲間たちの声でもあります。この宣言は、その交流から生まれました。一人ひとりの発言や思いをつないでできたものです。

 

わたしたちは、いろいろな事情で子どものころに学ぶことができませんでした。小さなころに、親がいなくなりました。それで、幼い妹や弟の面倒をみなければならなくなりました。小さな子どもを連れて学校には行けません。小さい頃から、しごとをして、買い物をして、食事をつくって、家をきりもりすることがわたしたちの毎日でした。「女に学問はいらない」と言われました。学校に通う友だちがうらやましくてなりませんでした。その日その日のお金に頼るしかありませんでした。履歴書に「卒業」と書けません。しごとをする自信は人一倍あっても、読み書きできないために身体を使うしごとばかりでした。それでも昔はまだ、読み書きできなくても暮らせました。いまでは読み書き抜きにしごともありません。職場で文字と出合うときが、その仕事からわたしたちが別れるときでした。つらさを考える時間さえありませんでした。
障がいによってさらにきびしい暮らしを強いられた人もいます。戦火のなかをかいくぐり、生き延びることに精一杯だったという人もいます。貧しい中で「いいしごとがあるよ」とだまされて売り飛ばされた人もいます。生まれた場所を理由に差別され、はねつけられて生きてきた人もいます。未来が見えず、自ら命を絶とうとした人もいます。
男性ももちろんいます。同じように、おさない頃から貧しさや差別のなかで生きてきました。でも、男性は、女性以上に「読み書きができません」とは言いにくいのかもしれません。みえをはって、つよがって生きてきました。

 

そんなわたしたちが、読み書きを学ぶようになりました。きっかけがあったからです。子どもが「標準語」しか話せなくなって、わたしの話すことばが通じなくなり、親子のつながりが切れていきました。子育ても終わり、自分の時間が少しでもとれるようになりました。そんなときに読み書きを学べる場所を子どもや孫、友だちが教えてくれました。
読み書きができないことはぜったい人に知られたくありませんでした。自分への手紙も、だれにも「読んで教えてほしい」とは言えませんでした。知られたくないばかりに、遠くの教室を選んで、1時間も2時間もかけて自転車で通いました。昔からの友だちに教室で出会い、「あああなたも読み書きできなかったのか」と言い合いました。
教室では、同じように読み書きできない仲間がいました。読み書きできないなんて自分1人だと思っていました。ちがっていたのです。教室に行けば、いつもみんなが迎えてくれます。関わっている人たちは、信頼できる人たちでした。

 

読み書きを学ぶようになって、人生は大きく変わりました。わたしにとって止まっていた時間が動き始めました。人生が始まりました。安心して何でも話せる友だちができました。自分のことを大切にしてもらっていると思えます。紙の上の黒いシミが文字でした。同居している息子の妻が冷蔵庫に貼ってくれていたメッセージがありました。友だちに読んでもらって「お母さんありがとう」だとわかりました。4年たって返事が書けました。心の傷がゆっくりと癒えてきました。わからない文字に出合っても教室でたずねることができます。怖かった文字が、怖くなくなってきました。仕事場には、ノートを置いて書くようになりました。いつも下を向いて歩いていて「お金が落ちているのを探しているのかい」と言われていたわたしが、正面を向いてにこにこと笑顔で歩くようになりました。新しいことに挑戦する気持ちがわいてきます。文章を読むことで、世の中のことがわかるようになりました。生い立ちを文章に綴ることで、どうしてわたしの人生がこうだったのか、わかるようになりました。傷が癒えて、前よりもずっと強くなりました。
子どもたちも、背中を見て育ってくれました。識字の場に子どもを連れて通いました。子どもはわたしたちが勉強している姿を見て育ちました。「勉強しなさい」と言わなくてもこつこつと学ぶようになりました。子どもたちが、自分の夢を見つけて、広い世界に飛び立っていきました。もしもわたしが中途半端に学校に行っていたら、識字に通っていなかったら、成績だけで子どもを見て、追い立てるように子どもを育てていたかもしれません。

 

読み書きを学ぶ場にまだ来ていない仲間たちがいます。「また今度行くからね」と言ってちっとも来ない人がいます。わたしもそう言っていたよ。でも、来るようになって「ああもっと早く来ていればよかったなあ」といまは思います。「困っていないから」と言う人もいます。でも、ほんとうはあなたも苦しんでいるんじゃないのかな。「いまさら学んでもねえ」という人もいます。もしも死んだ後に天国と地獄があって、文字の読み書きをできないままでいたら、道を間違ってしまうかもしれないよ。でもねえ、みんな、ほんとはお金がなくて、仕事や子育てで忙しいんだよ。

 

そういう人たちが来られないのも、教室が足りないからです。お金がかかるからです。関わっている人たちもボランティアで謝金さえ出ないことも多いからです。階段だけでエレベーターもない。多目的トイレもない。障がいのある人が来ても施設でがっかりしてしまいます。学びたくても来られないのは、学ぶ場所が知られていないからです。わたしたちの学んでいる姿を、もっともっとテレビや新聞などで紹介してほしい。「あなたもおいでよ」と伝えたい。政府には、無償で安心して学べる場所を保障する責任があります。

 

わたしたちにとって、識字とは、読み書きを学ぶだけではありません。文字を通して人生を学ぶことです。生活する力は母親がつけてくれましたが、生きる力は識字で身につけました。識字のおかげで世の中がハッキリと見えてきました。だから、識字はわたしにとってめがねのようなものです。識字とは、文字を学び、自分を表現する場です。人生の喜びであり、生きがいであり、幸せです。心の居場所です。識字は、小さな夢をどんどん大きくしてくれます。人生のとびらを開いてくれるものです。学ぶようになって、あきらめないようになりました。わたしたちにとって学ぶことは生きることです。みんなで支えあい学びあうことで、平和で暮らしやすい社会が築けます。

 

いまだからこう言えます。
子どものころに読み書きを学べなかったからこそ、いまの幸せがある。

 

社会や政府への要望
 交流を経て、わたしたちは、日韓の両国で、共通に次のようなことがらを社会や政府に求めます。

 

  1. 全国的な調査をして、いまも読み書きで悔しい思いをしている人がいることを確かめてください。読み書きで悔しい思いをしている人がいることをもっと知ってください。
  2. 子どもたちがみんな、安心して学べる学校をつくってください。わたしたちの仲間で子どものころに学校に行ったことのある人は、学校で、ときには先生から悔しい思いをさせられました。多くの仲間はお金がなくて学校に行けませんでした。いまも学校に行けない子どもたちがいます。もうそんな子どもが出ないようにしてください。
  3. さまざまな事情で子どものころに教育を受けられなかった人が、おとなになってからでも安心してまなべるよう、識字や基礎教育の学習を支援する制度と手だてをつくってください。しっかりした法律をつくり、予算をきちんと準備するなど、政府や社会が責任をもって保障してください。
  4. おとなになってから学ぶには、時間がかかります。追い立てられるようにして学んだのでは、学ぶことが重荷になりかねません。安心して長い年月をかけてじっくり学べるような制度にしてください。教室の中だけではなく、他の教室と交流したり、外に出かけていろいろな経験を重ねながら学んだりすることも大切です。
  5. 安心して学ぶには、自分たちのための教室が身近に必要です。近くになければ、声も上げられません。車イスを使う人がまなぶには、エレベーターなどが必要です。授業料や交通費などお金がいらないようにしてください。全国のどこに住んでいても、いつでも学べるよう、おとなのための識字教室や学校をたくさんつくってください。
  6. わたしたちを応援している人たちの多くは、わたしたちの話を聴き、一人ひとりに応じた教材をつくり、わたしたちがつながる手助けをするなど、とても熱心に関わってくれています。けれども、その多くは無給です。わたしたちの思いや背景を理解する支援者がもっと出てきてほしい。だから、関わりたい人がいっそう関わりやすくなるよう、給与や研修や教材づくりなどの条件を整えてください。
  7. 日本と韓国の政府が協力して「識字・基礎教育月間」を決め、活動を進めたり交流を広げたりしてください。識字の取組は不十分ですし、識字問題を知らない人に問題を知らせるべきです。また、今回の交流では、初めて会った人なのに、10年来の友だちのように心を開いて話ができました。わたしたち参加者はとても元気になりました。こういう交流をぜひふやしてください。
  8. 学びたいと思っている人にこの共同宣言を届けてください。読んで伝えてください。絵に描いてください。わたしたちの人生に関わるアニメやドラマをつくって放送し、多くの人に知らせてください。この宣言だけでなく、世界で学んでいる識字学習者の声を、ぜひ多くの人の心に届けてください

 

2019.9.27

日韓識字教育強化のための国際シンポジウム参加者一同

 


 

【共同宣言の背景】

識字をめぐる日韓の交流は、1990年から始まった。国際識字年をきっかけに日韓の識字関係者が出会い、そこから研究の交流やお互いの教室訪問を重ねてきたのである。1990年代の識字学習者は、日韓ともに第二次世界大戦前後に学齢期を迎えた人たちが中心だった。韓国では、日本による植民地時代を経験した人たちである。韓国における識字問題は、日本による植民地化と不可分である。交流では、この歴史をどのように踏まえていくかが大きな課題であり続けた。2017年に始まった現在の交流にあっても、このような視点は根底に据えられている。

第二次世界大戦後、両国の識字問題は、朝鮮戦争、高度経済成長、独裁政権、識字率100%神話、さまざまな差別、貧困や格差問題、受験競争、外国人受け入れ問題、識字関連法制定運動など、両国に重なる要因とそれぞれに独自な要因が絡んで展開してきた。交流を通してお互いの課題が明るみになりつつある。

共同宣言づくりのワークショップでは、日韓の学習者が交流を深め、体験や思いを重ねあった。日韓の学習者の思いによってこの宣言は生まれたのである。この共同宣言が、日韓の識字交流にとって新たな時代を切り拓くものになると確信している。

 日韓識字学習者による共同宣言づくりワークショップ実行委員会