識字・日本語連絡会第25回総会が2018年5月26日(土)13時30分から、HRCホール(大阪市港区)で開催された。
司会: 柴田 亨
総会
主催者あいさつ
森 実 代表幹事
今日は宜しくお願いいたします。みなさん、前川さんの話を楽しみにされていると思いますが、今から参加された方には初めから参加していてよかったなと思ってもらえると思いますので楽しみにしてください。
来賓紹介
大阪府教育庁市町村教育室地域教育振興課長 大野 広
大阪市教育委員会事務局生涯学習部生涯学習担当課長 松村 智志
堺市市民人権局人権部人権推進課長 松村 由紀
来賓あいさつ
大阪府教育庁市町村教育室 地域教育振興課長 大野 広
識字・日本語連絡会第25回総会の開催にあたりまして、一言ご挨拶を申し上げます。日ごろから府内各地域で、識字・日本語活動を通して社会教育の推進にご尽力いただいておりますことに、心から敬意を表します。また、このようにたくさんの皆様のご参加のもと、本総会が開催されますことを心からお慶び申し上げます。
さて、昨年度当課が実施した調査によりますと、平成25年度の調査と比べて、学習者が560人増え、約4,900人が識字・日本語教室で学ばれており、ニーズは高まってきていると思います。また、学習支援者につきましても、この間約130人増え、約2,800人が識字・日本語教室で支援されています。その中には、もと学習者であった方が33人、日本語が母語でない方が55人、支援者として関わって、母語と母文化をもち日本で生活する外国人としての経験や知識を生かして学習者を支援されています。このように、課題を抱える学習者の支えや居場所等となる識字・日本語教室の活動は近年、社会教育が求めている、地域の課題解決に取り組む「社会の要請に応える活動」にあたるものと考えております。
識字・日本語学習の推進に関わって、大阪府では、大阪府識字施策推進指針(改訂版)を踏まえ、識字施策の推進に努めており、大阪識字・日本語協議会が平成28年3月にまとめた「大阪府における識字・日本語学習における課題整理報告書」に基づき、平成28年度から課題を解決するための取組みを進めているところです。
今年度も、文化庁事業を活用して、地域の識字・日本語教室のネットワークや運営力を強化する取組みや、日本語学習支援者のスキルアップの取組みなどを実施し、識字・日本語学習を進めてまいります。
貴連絡会のますますのご発展と皆様のご活躍を祈念いたしまして、ご挨拶とさせていただきます。
議 事
議長には髙橋 定さんを、書記には岡田耕治さんを選出
1)2017年度活動報告ならびに2018年度活動方針案(提案:森 実 代表幹事)
(1)2017年度をふりかえって
2017年度には次の5点を活動の柱とした。
- 年間行事を確実に成功させる(総会、よみかきこうりゅうかい、研究集会、基礎教育保障学会)。
- 「識字・日本語」という概念を明確にする。
- 国・地方自治体への働きかけ
- 地域連絡会を広げ、本連絡会との結びつきを強める。
- 2018年度以降の活動を模索する。
①③についてはかなり達成できた一方で、②④⑤については十分できなかった。
(2)2018年度以後、数年にわたる方向性
2017 年度に達成できたこと、できなかったことをふり返るなかで、わたしたちに今後必要なのは、「識字・日本語」という概念を研ぎ澄ましつつ、ネットワークを広げることだという点が明瞭になってきた。この点をふまえつつ、BJY合宿などでの議論も参考に、今後5年ほどの方向性を示すことにする。
提案として、今後5年間のうち最初の2年間ほどをかけて、「識字・日本語」の理念を打ち出し、それを具体化するための道筋を整理する活動に力点を置く。
柱としては、次のような活動が考えられる。
- 「識字・日本語」という概念の整理と理念の明確化
- 識字・日本語教室運営の充実
- 学習者を広げる方法
- 学習者によりそう支援者が育つ筋道の整理
- 学習のありかたの整理と学習教材づくり
- 地域連絡会どうしの連携強化、行政との協力の拡大
- 政府や自治体への政策提言
具体的には、これからの2年間ほどをかけて、「識字・日本語活動のガイドブック」を作成することを提案する。
当初は、①の「識字・日本語」の概念整理や理念明確化に力を注ぐ必要がある。それと連動しつつ、残りの②~⑦のについて具体化していく。
(3)2018年度の方針
2018 年度は、その第一歩ということになり、次の3点が重要となる。
- 「識字・日本語」という概念の整理と理念の明確化
- 地域連絡会と教室同士のネットワークの拡大
- 活動の継承と発展
2018年度の具体的活動のすべてにおいて上記の3本の柱を展開する。
2)2018年度活動計画案(提案:柴田 亨 事務局長)
年間活動計画案(議案書参照)を提案する。
3)2018年度 役員・顧問・加盟団体等案
役員等案
代表幹事 森 実
副代表幹事 岩槻 知也、髙橋 定、東 裕子
事務局長 柴田 亨
幹 事 加盟団体から選出された人
個人幹事:熊谷 愛、 古川 正志
顧 問 上杉 孝實
加盟団体一覧 (議案書参照)
(議長 高橋)提案に対して一括して拍手で承認
総会終了
特別報告
日之出よみかき教室(木曜日)からの報告
日之出よみかき教室(木曜日)は、日々の教室活動において、学習者として参加していた人が、学習パートナーとして学習をサポートしたり、日本語を母語でわかりやすく訳して伝えたりするなど、学習者が一緒に参加する学習者の学習を支え合ったり、学習者が他の学習者の経験を学習パートナーと一緒に聴き、うけとめ、励まし合っている。
特別報告では、日之出よみかき教室(木曜日)での様子がビデオ上映され、続いて学習者からの意見表明が行われた。
記念講演
「教育機会確保法」を受けて教育のあり方を考える-識字・日本語学習の未来を探るために-
前川 喜平 (前文部科学省事務次官)
- 憲法第26条「教育を受ける権利」について、将来的には見直したらよい箇所はある。
第1項「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」
・「すべて国民は」という言葉から始まる。この条文は基本的人権である教育を受ける権利について述べているが、日本国籍を持っていない人はどうなのかということについては答えていない。
・条文中の「能力」という言葉よりも「個性」。人それぞれという意味が出る言葉の方がよい。
・条文中の「ひとしく教育を受ける」は「ともに学ぶ」などを入れた方がよい。 - 社会権は20世紀の人権
最初に社会権を規定したのはドイツのワイマール憲法。それを日本国憲法に取り入れた。GHQの素案にはなかった。なお、アメリカ合衆国憲法には、教育を受ける権利は書かれていない。また、生存権もなく、20世紀の憲法になっていない。だから、銃を持ち歩く権利が保障されている。 - 他国における先進的な憲法
南アフリカ共和国の憲法
・環境権や、性的志向によって差別してはいけないなど、新しい人権が書き込まれている。憲法で同性愛の自由を認めている。 - 外国人が教育を受ける権利は保障されるのか?
・国際人権規約・子どもの権利条約を批准しているから、日本国籍のあるなしを問わず、教育を受ける権利は認めている。
※しかし、憲法の条文「すべて国民は」は避けた方がよい。例えば、「すべての人は」などに変えるべき。外国人の学習権は国籍に関係なく保障されるべきである。 - 憲法第26条第2項「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。」
「普通教育」は何なのか定義はないが、人間が人間らしく生きるための最低限の教育、人が自立して協働して生きていくために必要な教育など、いろんな定義があると思うが、人として生きていくために最低限必要な教育と捉えたらよい。
この条文は国民に義務を課した書きぶりになっている。保護者は教育を受けさせる義務がある。学校に行かせる義務があると考えられる。「義務教育」という言葉は誤解を生みやすいので、使わない方がよいと思っている。子どもは学校へ行く義務があると、間違えられている。子どもには学校に行く権利はあるけれども義務はない。権利を行使しないこともありえる。子どもはあくまでも権利者。学校に行かない権利もある。保護者には子どもを学校に行かせる義務があると書いているが、学校に必ず連れていけという意味ではない。機会をつくって安心して学べるようにしてあげる義務を負っているということ。
そもそも憲法に国民の義務を書く必要があるのか?憲法は国民が作って国が守るもの。義務を負うのは国である。
(憲法に規定された国民の三大義務)
・教育を受けさせる義務(第26条第2項)
・勤労の義務(第27条)
・納税の義務(第30条)
※果たして法律的な意味で義務を課しているのか?例えば、勤労の義務に関わって、働かない人間は憲法違反となるのか?道徳的な意味をもつ程度。
→ 国の本来の義務が見えなくなってしまう。だから、第26条第2項は、国が義務を負うという形に全体を書き換えた方がよいと思う。また、「義務教育」という言葉はやめる。
例えば、「国はすべての人に無償の普通教育の機会を保障する義務を負う」というのがよいと考える。こうすると、実は国がすべての人に保障していないという現実が見えてくる。現実に機会を得られないまま、こぼれ落ちている人がいる。国や地方公共団体がその責任、義務を果たしていない実態が明らかになる。 - 夜間中学
・義務教育を修了していない人が百数十万人存在すると言われている。公立の夜間中学で学んでいる生徒は1,800人ぐらい。全体の0.1%しか公立の夜間中学校で学べられていない。
・教育機会確保法の対象は広く、当然、識字・日本語学習も含まれる。
・フリースクールと夜間中学校が中心に進められてきたので、フリースクールと夜間中学に焦点があたっている。
・法案を作る母体となったのは超党派の議員連盟である。
・公立夜間中学は全国に31校しかない(大阪府11校)。
・生徒の8割は外国人。ほかに義務教育で学べなかった、様々なバックグラウンドの人たちが学んでいる。最近では、ニューカマーの外国人が増えている(7割)。
・外国人が日本語教室に入った理由として、3割は日本語が話せるようになるためとしている。国の制度では、日本語だけ学習してもよいとなっていない。中学では、各教科を万遍なく学ぶということになっている。
・中学校形式卒業者を門前払いにしてきたから、夜間中学に日本の生徒が入らなくなっている。1990年頃から不登校の生徒に卒業証書を渡すようになった。夜間中学は、中学校卒業者は入学できないとしてきた。3年前の文科省通知により見直しされ、最近では、形式卒業者が夜間中学に入るようになってきた。 - 教育機会確保法の条文
これまでの義務教育の制度の目が届いていないところに焦点を当てたもので、画期的な法律ではあるが未完成なところもある。
・第2条第4項(定義)教育機会の確保等には、識字・日本語教室も入ってくる。
・第3条第4項(基本理念)「その年齢又は国籍その他の置かれている事情にかかわりなく」は、ある意味、憲法を超えているが、この条文が大事である。
・第3条第5項(基本理念)必ずやるべきことが書かれておらず、曖昧になっている。
・第7条 「文部科学大臣は基本的な指針を定めるものとする」とあり、
→具体的には、「すべての都道府県に少なくとも1校以上の夜間中学等が設置されるよう、準備の支援、協議会の設置・活用・広報などを推進する」とあるが、なかなか進んでいない。
→「都道府県が夜間中学等を設置する場合も、教職員給与の3分の1を国庫負担する」というのは画期的で、昨年3月に法律改正を行った。それまで都道府県が夜間中学をつくる場合、国は財政負担をしなかった。国は都道府県がつくるケースを想定している。私も都道府県がつくった方がよいと思っている。複数の地域に跨る場合は県がつくってどこからでも通えるようにする。しかし、都道府県が夜間中学をつくるという例はまだない。
・第14条(就学の機会の提供等)地方公共団体に一定の義務を課している。就学の機会について夜間中学と決めていないが、学校教育、社会教育に限らず、あらゆる就学の場が想定される。この中に識字・日本語学級も入ってくる。ただし、「必要な措置を講ずるものとする」としか書いておらず、具体的に何をすべきかが書かれていないし、都道府県または市町村のいずれが行うのかが明確でない。
・第15条(協議会)「都道府県及び市町村は協議会を組織することができる」とあるが、現在、協議会をつくっている都道府県はない。 - これからの課題
・夜間中学の生徒の7割がニューカマー外国人である実態を考えると、外国人と日本人がどう暮らしていくか、大きな課題が既に現れてきている。
・20年先の近未来において日本の労働人口は確実に減っている。経済界も外国人労働者を求めている。これを単なる労働者と見てはいけない。一緒に暮らす条件を整えないといけない。まずは年齢を超えた日本語教育である。
・社会教育の中で識字・日本語学習を後押しする立法・制度をつくることが不可欠である。
・同時に外国人が母語や母文化を保持できるような支援も重要である(ダブル・アイデンティティ)。
質疑
講演終了後、顧問の上杉さんが参加者からの質問を取りまとめて、前川さんにインタビュー形式で質問を行った。
(上杉)
Q:夜間中学の必要性は分かるが、昼間の学校に問題があるのではないか?昼間の学校を見直すのが重要ではないか?
(前川)
A:その通り。教育機会確保法には不登校の子どもが安心して学べるように学校自体がちゃんと考えなさいという条文も入っている。教育委員会や自治体は子どもたちが安心して学べるような学校づくりをしなさいとしている。弾力的なカリキュラムをつくる道もある。夜間中学と同じように不登校特例中学校が各都道府県に1校置かれるべき。学校教育側がもっと変わらないといけないという側面もある。
(上杉)
Q:形式卒業生の受入れに関わって、71年の第18回全夜中研究大会で文部省から参加された中島課長が形式卒業生の受入れは可能であると答えたにも関わらず、この法律ができるまでダメだという空気がずっと続いていたということについて、どう思われるか?
(前川)
A:人権博物館にこの前行ったときに白井さんから初めて教えてもらった。中島課長はよく知っている先輩であるが、そんなことがあったことは全然知らなかった。課長補佐が見解を述べただけでは組織を変えることができなかったのかもしれない。
(上杉)
Q:昨今の経済優先が教育においても歪をもたらしているのではないか?寺脇さんとの共著にも関連することであるが。今後の教育のあり方についてどのように考えているか?
(前川)
A:人間、仕事をしてお金を稼ぎ食べていくのは必要。職業を通じて他の人の役に立っているとか社会に貢献し、よき職業人になることは教育の大事な目的である。市場経済と学校教育の関係を考えたときに言えることは、自由経済のもとで競争力のある職業人になるということが何よりも優先されることではなくて、それよりも大切なものは力を合わせて公共の場をつくっていくことができる力である。共同体として共通の社会の基盤をつくっていく、言葉や民族が違ったとしても一緒につくっていけるという能力をもつことは非常に大事なことと思っている。公共性のある社会をつくっていく力が先にあって、その公共性のある社会の中に自由な市場が存在しうる。市場が公共性を喰ってしまう状況が生じてしまうと弱肉強食の社会になる。本来、学校教育は市場経済に馴染まない。市場経済に任せたら学校はよくなるという考えは問題であると思っている。
(上杉)
Q:社会教育に関連して、現在、ボランティア依存で識字・日本語学習等が行われているが、もちろんボランティアは大事であるが、現状のままでいい訳ではない。公的な整備等がいると思うが、この件について文科省の中では生涯学習、社会教育というところでの検討がなされていないように思う。法的な整備について議員への働きかけが大事であるとの発言もあったが、もう少しお話し頂きたい。
(前川)
A:多くの役人は、政治家にやるように言われないとやらない。いい意味でも悪い意味でも政治主導。私は政治家を動かすというのが一番有効な方法であると思う。その上で、役所の人たちにもその必要性を分かってもらうのが大事である。私の意見では文化庁国語課が中心となってちゃんとやらないといけないと思う。責任を負う組織がなくてはいけない。
(上杉)
Q:この問題については、要するに法律の中にも「等」とか「その他」とか、いろんな含みをもって書かれているにも関わらず、具体的な形で指針というものに出てこない面もある。しかし、法律の元に戻ればかなり含みがある訳だから、そこをいかに強く現実に活かすような働きかけをしていくかということになるのだろうと思う。今日の話しにもあったように、そういう含みを持たせているのだという理解でよいか。
(前川)
A:その通り。教育機会確保法は確かに不登校の子どもたちと学齢を超過して学校教育としての中学校教育、義務教育を受けたい人のニーズを主に前提にしている法律である。しかし、「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会」と言っている訳だから、その中に、識字教育も日本語教育も当然含まれる。夜間中学は最終的に中学校の各教科を勉強するという目標があって、その前段階としての識字教育や日本語教育という位置づけになっている。ただ、普通教育と言った場合、人間が人間らしく生活する上で必要な最低限の学習という考え方でいけば、識字教育や日本語教育はそのものが普通教育の重要な位置をなしている。普通教育として、識字・日本語学習を行うこと、その機会をきちんとつくりなさいということが、教育機会確保法の中には当然含まれている。それ故、文科省も識字教室、日本語教室の調査を行っている。