【報告】基礎教育保障学会設立大会に参加して

基礎教育保障学会設立大会に参加して(報告:柴田)

8月21日の日曜日、東京都立川市にある「国立国語研究所」を会場として基礎教育保障学会設立大会が開催され、新たな学会が発足した。以下、大阪から設立大会に参加した一員として概要を報告する。

基礎教育保障学会設立大会

基礎教育保障学会は、設立の目的を「すべてのひとに基礎的な教育が保障される社会の実現をめざします。本学会では、基礎教育の研究を軸に、教育・福祉・労働など様々な分野の関係者が交流し、互いの知見に学びあいます。そうすることで、日本の教育を、そして、社会をより一層豊かなものにしたいと考えています。本学会は、学術性を保ちつつ、研究者、実践者、行政関係者、議会関係者、市民、当事者による共同探究ネットワークとしての新しい「学会」のかたちを追究します。」としたうえで、「会員は、夜間中学、識字学級、地域日本語教室、障がい者教育、生活困窮者支援や子どもの学習支援など多彩な領域にわたります。」としている。実際、設立大会には各方面からの参加者155名が集い、熱気あふれる大会となった。内容としては、講堂で行われた「設立総会」、同じく講堂で開催された二つの講演とリレートークにロビーを活用したポスター発表を含めた「研究大会」、交流を目的として多目的室で行われた「茶話会」の3部で構成され、午前10時から午後6時30分までという長時間にわたるものであった。なお、大会の配布資料にはすべてルビ打ちがなされており、学会設立へ向けた関係者の配慮が感じられた。

 

 

 

 

設立総会

総会は、北海道に夜間中学をつくる会の工藤慶一さんを議長に選出して始まった。まず和光大学の岩本陽児さんから、学会設立趣意書の内容を紹介するとともに、全国各地において「構想・懇話会」「準備会」などを開催し、「国の政策づくりへの関与による『基礎教育の保障』を追及する観点から『基礎教育保障学会』に」名称を決定したことなど、学会設立までの歩みが紹介された。続いて、国立国語研究所の野山広さんから学会の会則、えんぴつの会(夜間中学元教諭)の関本保孝さんから学会ロゴ、そして大阪教育大学の森実さんから発足時の役員体制が提案され、満場一致で了承された。

発足時の役員体制は以下の通りである。

会長  上杉孝實さん(京都大学名誉教授)
副会長 岡田敏之さん(京都教育大学) 野山広さん(国立国語研究所) 森実さん(大阪教育大学)
事務局長 関本保孝さん(夜間中学元教諭)
事務局次長 添田祥史さん(福岡大学)
常任理事 岩槻知也さん(京都女子大学)
岩本陽児さん(和光大学)
長岡智寿子さん(国立教育政策研究所)
藤田美佳さん(奈良教育大学)

上杉さんや森さん、岩槻さんなど「識字・日本語連絡会」の関係者が中心メンバーに並び、学会のめざすものと連絡会の取り組みとの関りの深さが役員体制からもうかがわれる。上杉会長は閉会に際してのあいさつで、実践を重視する学会のあり方に触れ、研究者ばかりではなく、学習支援者や学習者などの当事者を重視する学会活動をめざしたいと述べた。なお、次回の第2回大会を大阪で開催することが提案され、了承された。

第1回研究大会

①お祝いのメッセージ
11時から始まった研究大会では、岩槻知也さんを進行役に、二つの基調講演とリレートーク、ポスター発表が行われた。

講演に先立って「お祝いのメッセージ」が紹介されたが、初めに登壇した文部科学省の事務次官前川喜平さんは、メッセージというよりも「講演」に近い形で、自らの見解を披歴された。憲法第26条(すべて国民は等しく普通教育を受ける権利を有する)に何度も触れ、子どもはもとより大人も含めて、普通教育を受ける権利とそれを実現するための国の役割、地方公共団体の役割が強調された。また、「すべて国民は」という部分の「すべて」を重視すべきであるという観点から、外国人も含めて、夜間中学の果たしてきた役割の重要性を指摘し、形式的卒業生の受け入れを認めた文部科学省からの「通達」にも言及された。さらに、現行の二部授業とは異なる独立の『夜間中学』への言及や京都市立洛友中学校の紹介、さらには柔軟な学習機会の提供など、文部科学省の事務方トップに立つ前川さんの思想性とともに、住民の教育権に関わる『潮目』や『風』の変わり目を感じることのできる発言であった。後に、野山広さんから「全国識字調査」についての発言も聞くことができたが、識字関係者が長年念願してきた『基礎教育保障への体制構築』へ向け、励まされる発言であった。

続いて、全国夜間中学校研究会理事の須田冨美雄さんからのあいさつを受け、さらに馳前文部科学大臣(自民党)を始め、笠元文部科学副大臣(民進党)、公明党、社民党、共産党の各会派所属議員からのメッセージが紹介された。

②基調講演

基調講演の内容は大会資料に詳しいが、午前中に行われた基調講演1では、大安喜一さん(岡山大学、元ユネスコ・ダッカ事務所)は「アジアにおける基礎教育の完全普及へ向けて~途上国支援と共に相互協力へ~」と題して話されたが、途上国における基礎教育保障が、学校一辺倒の手法からその限界を認識し、コミュニティ学習センターなどの学校外教育を含めた多様な手法へと変化しつつあること、そのことによって日本の立場も、単に学校を作ることを支援する側から、基礎教育保障の多様な展開という共通の課題のもと、共同研究、研修、国際会議など共に協力し合うという関係へと向かっていきたい、と発言されたことが心に残った。

午後から行われた基調講演2では、見城慶和さん(元夜間中学教諭、えんぴつの会)が「夜間中学の生活基本漢字381字~選定の背景とその指導~」について話された。まずは、夜間中学に異動し、文字の全く書けない生徒と出会ったこと。その生徒が少しずつではあるが文字を獲得し、学ぶ喜びを綴った作文を紹介された。こうした実践のなかから、一般の小中学校とは異なる学習目標を設定するとともに、大人になってからは特に習得が難しいと言われる「漢字」に着目し、381字を選び出し、具体的な指導の状況を報告された。まず、基礎、履歴書、衣食住、身体、病院など14の項目にわたって、生活に必要なよく使う漢字を選び出し、さらに生徒たちの生活文脈に当てはめたテキストを作成し、これを使って繰り返し学習を行うというものである。大人になってから夜間中学の門をくぐった生徒たちに、いかに教えるか、いかに学んでもらうかに情熱を傾け、それこそ一生をかけて取り組んでこられたことがよくわかる講演であった。講演者の人柄に敬意を払うと同時に、「学校」や「教師と生徒」という枠組みを前提とした実践に対しては、もう少し違う実践、違う取り組みをあるのではないかと感じた。識字学級の実践は、文字のなかに人間を見るものである。日常生活に役立つかどうかだけではなく、すなわち機能的識字の範疇に留まらず、自分を発見し、自分に連なる人々を発見し、社会や歴史を発見していく営みではなかったか。そしてそのことはこの社会の不合理に気づくこと、この社会を住みよい社会へと変革していくことに繋がるはずだし、現に繋がってきたのではないか。改めて、書くこと、綴ることを重視してきた識字学級の取り組みについて考えさせられた。

③リレートーク

基調講演の後、「基礎教育保障学会の将来を語る」として各方面から8名の方によるリレートークが行われた。まずは、「社会教育」の領域から、小林文人さん(東京学芸大学名誉教授)が話され、学会は政策提言機能を持たねばならないと強調された。続いて、野山広さんが発言され、前回調査の経緯を踏まえ、文部科学省と連携しつつ「全国識字調査」の可能性を追求したいとされた。森実さんは、アメリカの実践例を引きつつ学習者の立場から学習の場のあり方を提起され、自立した大人として学習者に対することの重要性を強調された。岡田敏之さんは不登校の子どもたちを含めた基礎教育保障の重要性を、工藤慶一さんは北海道での取り組みを踏まえた全国的な夜間中学の充実につて発言された。湯澤直美さん(立教大学)は深刻化する子ども貧困問題へ目を向けてもらいたいと訴え、櫛部武俊さん(釧路社会的企業創造協議会)は福祉政策の転換から困窮者支援にとっての基礎教育の重要性について話された。最後に、津田英二さん(神戸大学)は障がい者にとっての基礎教育支援の課題について話され、リレートークは終了した。8人の方々の発言はそれぞれに重く、教育と福祉の連携がこの学会のポイントとも感じたが、さらに重要なこととして、基礎教育を保障していくためには研究と政策提言が融合していなければならないし、そのためには何よりも当事者の学ぶ権利=人権が守られなければならないと強く感じた。

④ポスター発表

  

二つの基調講演の間の時間帯、昼食をはさんで、講堂前のロビーを活用したポスター発表が行われた。パネル2台、机1脚ずつという小規模な展示発表の機会であったが、自主夜間中学が4団体、公立の夜間中学が2校、それに識字・日本語連絡会と全国夜間中学校研究会大阪地区が参加した。

連絡会からは、大阪市内識字・日本語教室連絡会が作成した写真パネル「識字のこれまで、いま、そしてこれから」の写真パネル8枚と「えんぴつポスター」、よみかきこうりゅうかいの写真や「よみかき文集おおさか」各号の展示を行うとともに、新たに作成した「識字・日本語連絡会のパンフレット」と「総会資料」、よみかき茶屋からの冊子「なぜ識字・日本語学習か-よみかき茶屋26年の歩みから」を配布した。漢字教材の展示なども行ったが、入り口付近の恵まれたスペースを提供していただいたこともあり、多くの参加者が足を止め、森さん、丸山さん、菅原さん、柴田ばかりではなく、解放新聞社から参加した熊谷さんや自主参加した野村さん(大阪市立総合生涯学習センター)も含め、大盛況となった。また、全国夜間中学校研究会大阪地区では、旧知の間柄である黒川さんや乙見さんが参加され、大阪府内の夜間中学の紹介を行っておられた。

  

 

茶話会

交流の場として「茶話会」が設定されており、長岡智寿子さんと添田祥史さんを進行役に、役員、講演者、リレートーク発表者を中心として多くの参加者が歓談した。会は岡田敏之さんによる乾杯で始まったが、この場でもリレートーク第2弾及びポスター発表についての説明が行われた。リレートーク第2弾では、森実さんが前段ではPCの不具合から十分に紹介できなかった大阪識字学級調査からもたらされた学習者「つぶやき(識字学習者の文字や教室についての思い)」を紹介した。ポスター発表についての説明では、丸山敏夫さんが、自らが代表を務める「大阪市内識字・日本語教室連絡会」の活動を紹介しつつ、大阪市内の識字学級を巡る厳しい状況を報告するとともに、作成した写真パネルの活用について協力を要請した。また、大阪教育大学の岡田耕治さんは、来年天王寺キャンパスでお待ちしますと、第2回大会の成功へ向け、力強く決意の表明を行った。大阪から参加したメンバーは、それぞれに全国から参加した方々と交流を深めるとともに、上杉会長、森副会長、小林文人顧問を囲んで記念撮影を行うなど、存分に楽しんだ。最後に、森実さんの閉会のあいさつでお開きとなった。

 

全体を通して

設立大会については、「基礎教育保障学会のHP、及びFB」において、当日の配布資料ともども詳しく報告されているので、ぜひ参照していただきたい。ここで、個人的な感想を述べさせてもらえるなら、ようやくこのような学会が誕生したのかという感慨がある。筆者は、20代で識字学級に出会い、そこで展開されてきた『学び』の奥深さに圧倒され続けてきた。大阪でも様々な場所で優れた実践が積み重ねられており、例えば「よみかき文集おおさか」の各号には、読者の胸を打つ多くの作品が集められている。けれども、こうした作品群、獲得した文字を使った文章、そのそれぞれは、教育や学習の営み総体のどこに位置付けられるのか、文字を獲得して夕日の美しさに気づいたというとき、一人の学習者のなかで何が起きているのか。まずは人権を守り育てる運動を大切にして、識字学級を発展させよう、教室の運営を考えよう、施設は、予算はどうか。そうした掛け声のなかで、常に残されたものがあったようにも思う。教育が人間にとって必須のものなら、識字が学習者にもたらすものは、「機能」に留まらないはずだ。研究と実践をつなぐというとき、研究は実践の解説ではないし、実践は研究の道具ではないはずだ。学会のめざすものの今後に期待したい。

もう一つ、個人的な出来事を書かせてもらいたい。茶話会で、北海道に夜間中学をつくる会の工藤慶一さんと親しくお話させていただいた。「よみかき茶屋」の学習者にもお一人だけ、カラフト(サハリン)からの引揚者の家族の方がいらっしゃる。北海道になぜ夜間中学がという思いがあって、工藤さんとお話させていただいた。よみかき茶屋でもカラフトからの引揚者の方が学習しておられますというと、海外の旧植民地から函館へ上陸された引揚者の方は70万人、そのうち40万人が道内に、30万人が日本各地へ移られたと説明される。「その人たちが住んでおられた道営住宅のそばで育ちました、そのことが自分の活動の原点です」とおっしゃる。大阪と北海道、遠く離れていても、そして背景に大きな違いがあっても、教育から、学習から、文字から疎外されてきた人々が存在しているということ、それに抗って共に歩むことができる仲間がいるということを痛感したひと時であった。

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